奥野 ビル。

エレベーターに乗るのは最後にして、とりあえず階段でぶらぶら散策してみます。

今回はその奥野ビル内にある有志の8画廊が初めて共同でコンクールを開催致しました 思ったより天井は低くない
窓の外には土のスペースが設けられ、草花を植えることができる 部屋は元々美容院で、当時の面影を残しています
銀座で昭和初期の建物を眺め、そこで実際に暮らした住人の記憶にも触れられる奥野ビルは大変貴重な一棟 取材・文=岡本 茉衣 写真=斎藤 ジン (バナー写真=窓越しに見る奥野ビルの手動式のエレベーター). ビルにはギャラリーやテナントが入っており、1階にはアンティークショップ、2階から6階は小さなギャラリーやショップ、個人の事務所などが数十軒入っています
最近は、ギャラリーやショップを巡りつつ、建物自体も楽しんでいる人が増えているようだ 不動産として活用するために、震災にも耐えられるような鉄筋のビルを建てることにした
西松さんが言うスクラップアンドビルドに加え、戦災や地震大国ならではの耐震基準の度重なる改正なども要因である お忘れになりますと、他の階から呼んだ時エレベーターが動かない為、他の人のご迷惑となります

そしていまでは、「レトロなアートビル」として不動の人気を得るようになっているのである。

当時としては先進的な仕様の建物 奥野ビルは、タイル張りの外壁、バルコニー、1階の丸窓、中に入れば、床のモザイクタイル、美しい階段、デザイン性の高い照明など、今も当時の面影を残している。

現オーナーの奥野亜男さんの祖父であり、鉄道部品の製造で成功した治助さんが、この地に部品工場を建設したのが始まりだという。

今でもたまにこのタイプの便器は見かけますが、 このトイレの床の感じとかが、僕が通っていた小学校のトイレにそっくりです。

おかげさまで美術雑誌等にも取り上げられ、また奥野ビルへの注目も相まって期待以上の盛り上がりを見せることができました。

そもそも大きな建物ではないのと、入ると分かるのですが、構造がいびつなんですね。

「昭和からずっと部屋にある鏡に、今を生きるお客さんの顔が映り、髪がカットされてはらはらと落ちていく様子は、とても趣がありました」と西松さんは言う。

またゆっくりと見に行きたい。